クロの話 | ショートショートはいかがですか?

クロの話

僕が小学生だった頃の話しをしよう。





その日、妹が野良犬をつれて帰ってきた。


全身が真っ黒なその犬を、妹は「クロ」って読んでた。


妹は自分のご飯やおかずを残してはクロにあげていた。


餌をあげる妹は、いつも両親に「住みついちゃう止めなさい」って


怒られてた。


それでも妹はクロに餌をあげ続けてた。










僕は両親に隠れて妹と一緒にクロと遊んでいた。


でも、両親の前では僕はクロに近づかなかった。


クロが近づいてきても知らん振り。


僕は妹よりほんのちょっとだけ、世の中のことがわかっていたんだ。








でも、妹は負けなかった。


両親が餌を取り上げると妹は泣いて抵抗した。


両親がクロを叩いて追いやろうとすると妹は両親に食ってかかった。



























ある日、突然クロが姿を消した。


両親がクロをどこか遠くに連れて行ってしまったのだ。


妹は大泣きした。


僕も悲しかったけど涙は出なかった。















でも、クロは数日立つと戻ってきた。


両親が何度遠くに連れて行っても必ず戻ってきた。


やがて両親も妹に根負けしてクロを黙認することになっていた。

























しばらくして、クロが妊娠した。


最初は両親は、妹が餌をあげ過ぎるから太ってきたんだと言っていた。


僕もきっとそうだろうと思っていた。


でも、日に日にお腹が大きくなってきて、その事態に誰もが気付き


始めた。



















そして、クロは5匹の赤ちゃんを産んだ。


どの赤ちゃんもすごく可愛かった。


















ある日、僕が学校から帰ると妹が庭で泣いていた。


赤ちゃんの1匹が死んでいたんだ。


赤ちゃんは目が見えなくて、いったんクロから離れてしまうとクロの


元へ戻れなってしまうのだ。




その日は炎天下だったから、熱かったんだろうね。


きっとのどが渇いたろうね。













僕と妹は、その1匹の赤ちゃんから命というものを教わった。
















僕と妹は川原にその赤ちゃんのお墓を作って埋めてあげた。




















数日後、僕が学校から帰ると妹がまた泣いていた。


また赤ちゃんが死んじゃったのかと思ったけどそうじゃなかった。


クロと赤ちゃん達がいなくなっていた。


父親が保健所に連れて行ってしまったのだ。





そのときは僕も妹と一緒に泣いてしまった。










自分達の無力さが悔しかった。




















それからは何日待ってもクロは戻ってこなかった。





























一ヶ月が経って、妹もすっかり元気を取り戻したころ、クロが戻って


来た。





そのとき家には僕と母親だけがいた。


父親はクロだけは保健所ではなく、遠くに連れて行っただけだったのだ。


でも、いつもよりずっと遠くに連れて行ったのだと言っていた。







僕は「クロ」と叫んでクロの元へ行った。


でも、クロの様子はちょっと変だった。






クロは僕の目を一度も見なかった。


そしてしばらく庭をウロウロした後、またどこかへ行ってしまった。





母親が「きっと赤ちゃんを探しに来たんだね」と言った。


僕と母親はクロが戻って来たことを2人だけの秘密にした。






それ以来、クロは二度と戻ってくることはなかった。